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大阪で働く法務パーソンのはなし

ブレイクしたM&Aの秘密情報の始末

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大量の内部情報をやりとりするM&A案件。ブレイクになったときの情報の後始末について考えます。

クロージングを迎えられないM&Aも多い

M&Aには失敗がつきもので、成功率はわずか10%といったことも言われるM&A(2018年の調査で海外M&A の成功率は37%というデータもあります)。

成功するのが難しいM&A ですが、クロージングを迎えることなく終わる案件も多数あります。我が社でも、DDをするところまでいきながら(ここまでで億単位のお金をつぎこんでいる!)、ディールが成立しなかったことは幾度も経験しています。

その理由は、入札で負けたり、条件面で合意できなかったり、思わぬ事実が判明して手を引いたり、といった感じでいくつかのパターンがあるのではないでしょうか。

検討にあたっては厳重な秘密保持契約の締結がマストだが… 

M&Aは、買い手にとっても売り手や対象会社にとっても大変重要な取引であり、特に売り手側は見せたくない情報を含めて丸裸にするので、かなりしっかりした内容の秘密保持契約を締結するのが常識的です。

どのあたりが「しっかりした内容」かというと、公開範囲を厳格に限定したり、社内はおろか、アドバイザーにも秘密保持契約の内容を理解・遵守させることを求めたり、案件終了後には情報の廃棄や消去の確実な履践を求めたりするといった条件が盛り込まれます。

M&Aが成立して自社グループに迎え入れることができた場合は、売り手側から受領した情報も自分たちの情報になるので、目的外に使うことも許されるし、多少取扱いがルーズでも問題はありません。

しかし、ブレイクになった場合は、秘密保持契約に従い、受領した情報を廃棄・消去し、「この話はなかった」ことにすべく原状回復せねばなりません。

誰も遵守していないのでは?

しかし、結論からいって、秘密保持契約の定めを忠実に履践し、受領した情報を確実に廃棄・消去できている企業はないのではないかと思います。その理由は、以下のようなものと考えるのですが、つまるところ案件に携わるプレーヤーが多いということに起因するのではないでしょうか。

  • そもそも、売り手側のFAが秘密保持契約を準備し、買い手側に修正余地がない(「記録用としてのみ残す」といった条件を提案できない)
  • 日々何十通ものメールを何十人の間で交わすので、消去しきれない(消去漏れがあったり、サーバーに残ったりする)
  • アドバイザー(特に監査法人系)は自社の雛形にこだわり、記録用の保存やファーム内での情報共有を求めるし絶対に折れない
  • アドバイザーは自分たちがした仕事の記録として、資料や成果物一式を一定期間保存しているはず(少なくとも私が勤めた法律事務所ではしていた)
  • 取締役会などに上程した場合、資料や議論の内容を議事録に記載せざるを得ない

ブレイクになったとき、「情報はすべて廃棄・消去してください」と戦略投資部門から言われるのですが、どうせ守らない人がいるのだから、法務だって記録用に取っておいてもよいのでは?という気持ちになることもあります。

実際、開示資料は見ることも使うこともないので処分し、DDレポートだけ保存しているということは、よくある(むしろ一般的?)ではないでしょうか。厳密にいえば秘密保持義務違反ですけれども。

一度出した情報を「なかったこと」にはできない

そもそも、一度開示してしまった情報を「なかったこと」にするのは事実上無理だと思うのです。開示の仕方にもよりますが、興味深い情報であれば人の頭の中に残ってしまい、どこかでコンタミネーションが起きてしまう。稀に、研究レビューのように、まさにその文書一点のみが開示情報ということがあり、その場合にはコピーを禁じれば返還なり廃棄なりして「なかったこと」にすることも可能でしょう。しかし、そういったケースはかなり例外的です。

普段、秘密保持契約をレビューするとき、「検討や契約が終わったら秘密情報を返すか処分せよ」という条件が当たり前のように入っていますが、実際問題として履践は難しい。

「目的外使用の禁止」だけを契約終了後も存続させるほうが現実的だと思うのですが、そんな男気?のある契約書は今のところ見た記憶がありません。

とりわけブレイクしたM&Aでは、売り手側が神経質になっているところがあって、廃棄証明書の提出を求められることも珍しくありません。しかし、わざわざ嘘をつきにいっているように思えて、法務としては不本意ですね。