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大阪で働く法務パーソンのはなし

Society 5.0時代のガバナンス

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経済産業省「GOVERNANCE INNOVATION Society 5.0の時代における法とアーキテクチャのリ・デザイン」報告書(案)がパブコメ期間中です。広く意見を集めるため、英文も掲載するという力の入れよう。

サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムによって、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の世界"Society 5.0"のあるべきガバナンスとは?

 新たなガバナンスモデルの必要性

本報告書案では、まず、Society 5.0の実現のため、①勝者総取りとなりやすいサイバー空間で成長を維持するために必要なイノベーション促進(Governance for Innovation)と、②イノベーションがもたらすリスクを適切にコントロールするような社会的価値実現(Governance of Innovation)という、2つの目的をそれぞれ実現するガバナンスを設計することの必要性を説いています。そして、事前に具体的な行動規範を定めてそれを遵守するというこれまでのガバナンスモデルでは十分に機能しない場合が増えてきていることを指摘し、ガバナンス自体にも革新的な方法が導入されなければならず(Governance by Innovation)、その担い手は国家・政府のみではなく、企業やコミュニティ・個人の協力も必要だと述べています(本報告書案P.2~5)。

人の行為を規律する4つの手法

本報告書案では、課題の核心は「アーキテクチャによる影響力の拡大」といっています(本報告書案P.7)。では、アーキテクチャとは何か?それは、アメリカの憲法学者であるローレンス・レッシグ博士のいう人の行為を規律する手法のひとつです。

レッシグ博士のいう人の行為を規律する手法とは、①法、②アーキテクチャ(コードを含む。)、③市場、④社会規範であり、無理やり絵にするとこんな感じ。

f:id:itotanu:20200120220915j:plain以下は本報告書案の説明より(本報告書案P.9-10)。

①法

国家が自然言語で定める規律であり、違反した場合の処罰の脅威によって企業や個人の社会活動を規律します。そして、この規律手段は、国家・政府が担います。

アーキテクチャ・コード

建築物や都市の物理的な構造など、人工的な環境等による企業や個人の社会活動の制約を言います。サイバー空間では、ソフトウェアに書き込まれたソースコードや、ソフトウェアにより構成される複雑なシステム設計を実現するシステムアーキテクチャが人々の行動を事実上制約しています。(本報告書案においてコードとは、アーキテクチャを記述するソースコードを意味しています。)

③市場

市場における株価や商品やサービスの価格と需給の調整機能を通じて企業や個人の社会活動を制約します。この規律手段は、コミュニティ・個人が行使します。

④社会規範

社会規範に違反した場合のコミュニティからの非難等によって、企業や個人の社会活動を制約します。こちらもコミュニティ・個人が行使します。

アーキテクチャの怖さ

本報告書案では、アーキテクチャによるコントロールが、ヒトによるコントロールに代替してフィジカル空間にも大きな影響を与えるようになってきていることを指摘しています(本報告書案P.7)。アーキテクチャは、法整備を要しないし、無意識のうちに規制をかけることもできるという利点がありますが、水野佑弁護士は、著書で以下のように指摘されていて、「便利だけど怖い」と私は感じています。

 

アーキテクチャによる規制の多くは、その制約をさらに回避することが技術的に可能な場合が大半である。そのような場合、規制が無意味となりかねないので、そうした回避を禁ずる法律が必要となる。(略)

また、アーキテクチャによる規制ばかりで制度設計してしまうと、アーキテクチャはその存在を気づかせることなく、強力な規制を人間にかけるので、監視社会のように、人間の自由が過度に制限されてしまうおそれがある(監視社会はプライバシーの視点からの比喩であるが、アーキテクチャによる規制が行き過ぎた社会はギブスで行動が強制されるような社会である)。

ー水野佑『法のデザイン 創造性とイノベーションは法によって加速する』(2017)P.18-19

既存のガバナンスモデルが直面する問題

本報告書案では、既存のガバナンスモデルの課題を以下のように図示しています。

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法規制を中心とするガバナンスモデルが直面する課題(本報告書案P.12)

具体的には、たとえば以下のような指摘がされています(本報告書案P.12-)。

  • どこにリスクが存在するかを特定し、そのリスクをどのようにコントロールすべきかを予め規定することが極めて困難
  • システムの予測可能性や説明可能性を確保することが困難
  • 実際に企業が法や規範を遵守しているか、どのように信頼の確保を行っているかを、規制当局が外部から監督することは困難
  • 法的責任の所在を特定することは容易でなく、また、誰か特定の主体に制裁を加えることが、今後の事故の予防効果を発揮するともいえない場合が増加すると考えられる

新たなガバナンスモデルのフレームワーク

そこで、Society 5.0におけるガバナンスモデルのフレームワークとして、以下が提案されています。これまでは国家や企業が中心であったところ、コミュニティ・個人の積極的な関与を確保すべきということです。

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マルチステークホルダーで策定する中間的規範によるガバナンス(本報告書案P.25)

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新たなガバナンスモデルのフレームワーク(本報告書案P.27)

これまでのルールベースの法規制から、ゴールベースの法規制に変革し、そのゴールをどのように達成するかは、民間主体の自主的な取組みに委ねることが望ましいとされました。モニタリングにあたっては、企業が自ら積極的に開示し、ステークホルダーからフィードバックを得る「コンプライ・アンド・エクスプレイン」を推進することが提言されています。

51ページの力作

この記事では一部のご紹介にとどまってしまいましたが、本報告書案は、本体部分だけで51ページの力作です。

私がものすごくかいつまんで書いたところも詳細に説明されていますし、ここには書けませんでしたが、コミュニティ・個人はどう関わっていくのか、新たなガバナンスモデルの実現にはどういうものが必要か、といったことにも触れられています。

ちょっと先の未来を垣間見るような大変興味深い報告書ですので、ご一読をお勧めします。(パブコメにどんな方がどんなご意見を寄せられるかも密かに楽しみです。)