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大阪で働く法務パーソンのはなし

流行語の出願と権利行使

 

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先週、商標「ぴえん」の出願が話題になっていました。 

www.j-cast.com

J-PlatPatで出願を確認しようとしたけれど、確認できず…もしかして、早々に取り下げられたのでしょうか。記事の画像を見る限り、カバンや被服ににこの商標(顔文字6つと「ぴえん」のセット)なら、十分な識別力があり登録可能だろうと感じましたが。

少し前の「アマビエ」しかり、流行語の出願は世間の見方が厳しいので慎重に…ちなみに、数年前話題になった「そだねー」は、まだ審査中でした。協議指示がでていたので、まとまっていないのかな。

標準文字「ぴえん」も

記事では、標準文字「ぴえん」(指定商品:おもちゃ等)の出願も紹介されていました。こちらは、拒絶理由通知が出され、さらにこれに対し意見書が提出されていることを確認。拒絶理由通知には、拒絶理由が以下のように示されていました。

 

…「ぴえん」は、「残念な気持ちが悲しい気持ちを表す語」…として、広く親しまれたものと言えます。

そうすると、本願商標は、「残念な気持ちや悲しい気持ちを表す語」を表現するものとして、本願商標の指定商品の需要者に認識されるにとどまるものであって、これが、自他商品を識別し、商品の出所を表示する標識である商標として、認識されるものではありません。

したがって、本願商標は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標であって、商標法第3条第1項第6号に該当します。

これに対し、意見書では、以下のとおり反論をしています。

 

本願商標を構成する「ぴえん」の語は、泣いているさまを表す擬態語の一種に過ぎず、指定商品との関係で直接的、具体的な意味合いは何ら有しておりません。そして、単に泣いているさまを表すに過ぎない本願商標は、指定商品の品質等とは無関係であり…商標審査基準に挙げられている他の事由にも該当いたしません。さらに、本願商標を構成する語が近年急速に知られるに至ったものであるとしても、本願商標について需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができないその他の理由を見出すことはできません。

暗示的ですらないとおっしゃりたいようですね。

拒絶理由通知からは、「流行語なんて出願しないでよ…」という審査官の本音が透けて見え、短絡的な私は「こんなの4条1項7号(公序良俗違反)で拒絶すればいいじゃないか」と一瞬思うわけですが、「4条1項7号は伝家の宝刀。簡単に抜いてはいけない!」という先生方のご指導が頭をよぎります*1。審査官としても、3条1項6号で識別力なしとするのが精一杯でしたかね。。

商標登録を勝ち得ても行使できず

私は、流行語の出願に関わったことはありませんが、識別力が弱い商標について、苦い思い出が2つあります。それは、権利行使の場面でのこと。

ひとつは、前職で、日本の地名を含む登録商標を海外で保有しており、同一役務に類似の名称を使っていたお店に、やんわりと使用を控えるよう書面で求めたところ、これが明るみになり、「その地名はお前たちのものではない」と、多くの(無関係の)方から厳しいご意見をいただきました。結果、さらなる行使は難しくなり、あろうことか、「権利行使するつもりはない」という声明まで出す羽目に。私たちはボランティアで商標登録しているのか。。

もうひとつは、品質表示といわれても仕方ないかな…という識別力の弱い商標について、図形と結合して出願する、使用し続けるなどして、数年かけて、標準文字での登録を得たものがありました。「取れたね、よかったね」と喜んでいたのも束の間、巨大飲食チェーンがその登録商標と類似する、というか、明らかに当社へ当てた新商品(メニュー)を出し、強力なプロモーションをされました。「登録商標を持っているのだから、何かできないのか?」と社内で散々つき上げられたのですが、「品質表示に過ぎない」という反論に有効に対抗できないと判断して、接触は見送りました。弁理士には、「見てるぞ」という意味で書面を送っても良いのでは?と言われましたが、相手を誰と思っているんだ。後が怖いよ…

というわけで、識別力が弱い商標を登録できたとしても、「安心して使う」という防御にはなっても、「他人の使用を排除する」という武器にはなりにくい*2

J-PlatPatの情報量が増えたものの…

それにしても、J-PlatPatは、拒絶理由通知や意見書も公開してくれるようになって、弁理士さんは商売上がったりではと心配してしまいます。

また、私も、出願人としてもちょっと怖さを感じています。というのは、拒絶理由通知での審査官の指摘への反論の補強として、あるいは使用による識別力の獲得を目指して、出願商標の使用状況や投下資本、すなわち商品出荷数や広告出稿量・投下額などを意見書に書くことがあります。マーケティング部門は、本当はこれを表に出したくないのに、晒されてしまう。これまでは、包袋を取り寄せないと見られないから、興味本位でわざわざ取り寄せる人はいないだろうと、登録実現を優先して情報を出してきましたが、少しためらいを覚えます…秘密保持手続とかないんですよね、確か。

一方で、審査官がどういう判断をしているのかや、大手事務所の意見書も見放題というのは、弁理士や商標スタッフでなくても、とてもありがたいことです。そのうち、「審査官別傾向と対策」みたいのを研究する方が現れるかもしれない。

*1:過去、修士論文で、事後的に識別力を失った登録商標を消す手段として、除斥期間のかからない4条1項7号で無効審判請求することを挙げたら、「それはない」と一蹴されました…

*2:牽制効果を発揮してくれる可能性は大いにありますが…