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大阪で働く法務パーソンのはなし

不正を防ぐコンプライアンス研修

f:id:itotanu:20211003203444p:plain「最近、不正が増えているのでコンプライアンス研修をしたい」

子会社から、そんな相談がありました。

詳しく聞いてみると、「懲戒処分を受けて『こんな大事になると思わなかった』という社員が続いたので、『不正をしたら人生を棒に振る』と伝えたい」とのこと。

法務・コンプライアンス部門は不正を把握しているか

法務・コンプライアンス部門は、グループで起きている不正を把握しているものでしょうか?

不正調査は内部監査部門が行うところも多いでしょうし、懲戒処分は人事マターなので、大きな不正でなければ法務は関与しないということも珍しくないと思います。
実際、現職も前職も法務・コンプライアンス部門は、不正調査や処分には原則関わりません。不正の発端が内部通報であった場合に対応の一環で参加したり、弁護士との調整が必要な場合関与したりする程度です。

よって、どこでどんな不正が起きているのか、私はほとんど知りません。全社向けに発信される「今期はこんな不正(着服、ハラスメント等)が●件あって、こういう処分が行われたよ」という連絡で知るのみ。

法務的には、

  • 事実認定が合理的に行われているか
  • 被疑行為者に弁明の機会を適切に与えているか
  • 処分に妥当性・安定性があるか
  • 再発防止策は適切・実行可能なものか

といった点が気になりますし、
コンプライアンス的には、有効な啓蒙をするために、

  • どんな「機会」や「正当化」があったのか

が気になるので、本当はもう少し関与したいのですが。

不正が増えている?

そういうわけで、子会社の不正が以前から何がどれくらい増えているのか不明なのですが、ともあれ増えているらしい。

世間的にはどうなのだろう?と思って調べてみるものの、調査報告書が公表されるようなケースの記事はあっても(たとえばBUSINESS LAWYERS)、企業で起きている不正一般の資料は見当たりませんでした。普通は公にしないので当たり前なんですけど。
そのうち、事業報告とかに「起きた不正と講じた再発防止策の内容」が義務付けられるようになるかな…

参考になりそうなものがないので、不正が増えている理由を想像してみます。

  • 人手不足で採用の選択肢がない
  • コロナ禍で労働時間(業務量)が減り、給与が減り生活費が逼迫している
  • 働き方改革によって労働時間(業務量)が減り、給与が減り生活費が逼迫している
  • メルカリなどCtoCのECが普及して現金化しやすくなった

子会社で起きる不正の多くは金銭に関するもので、動機を聞くとほとんどが「生活費欲しさ」「遊興費欲しさ」のようです。すでに消費者金融で借入をしていて、その返済に困って、目先のお金欲しさに手を付けてしまうらしい。

現金や現金化可能なものを日常的に扱う仕事なので、できればそういう動機のある方には就いてほしくないのですが、子会社はコロナ禍前は人手不足が叫ばれる業界で、贅沢をいえません。そもそも動機の有無など確かめようがないし。
以前はかなり忙しくて、残業代で稼げる人もいましたが、数年前から生産性向上をすごく厳しくいうようになって、時間外労働時間が激減しています。さらにコロナ禍で業務量が減り、成果給も下がっているので、生活が厳しくなっている社員も多いだろうと思います。そして、会社の人気商品に手をつければメルカリなどで簡単に転売できてしまう。もう、動機がありまくり。

恐怖は不正を抑止できるか

子会社では、日常的に現金に触れることもあって、金銭不正には厳罰が下ります。そして、最近処分を受けた社員たちは、「こんなことになるとは思わなかった」と言うらしい。
そこで、「『不正をしたら人生を棒に振る』という研修をしてほしい」というリクエストが子会社経営陣からやってきたのでした。

結論からいえば、私はそんな研修はやりたくありません。

  • 「お金が欲しい」という動機
  • 「日常的に現金や現金化可能なものに触れる」という機会
  • 「給料が安いから」「会社が正しく評価してくれないから」「バレないだろう」という正当化

が揃って不正が生まれているのでしょうから、不正を生まないためには機会を可能な限り減らし、正当化しない気持ちを持つことが必要であって、恐怖を植え付けることではないと思うんです…

恐怖は確かに抑止力になるけれど、正当化のタネにもなりそうで怖いし、捨て身の人には意味がありません。

恐怖より想像力を育てる研修をしたい

では、どんな研修をすべきか。私は、想像力を育てる研修がいいのでは?と考えています。

具体的には、

  • 今の業務だと、いつどこでどんな不正が生じそうか
  • その不正は、いつどこで発見されそうか
  • 発見された場合、どうなるか

ということを社員に想像してもらい、不正は必ず明るみになることに気づいたり、不正が明るみになったときに起こることを考えてもらうような研修。

結果、多少の恐怖を植え付けるかもしれませんが、自分や自分の周りの人にどんな影響が出るかを想像することで、自律の心が育まれて不正が減ると期待する私は甘いでしょうか。