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大阪で働く法務パーソンのはなし

会社分割と労働者保護

「ザ・事業」ではなく、ある事業に関する契約の束を別の会社に動かしたいときがあります。
そんなとき、選択肢として、①会社分割、②事業譲渡、③契約上の地位の移転、④既存契約終了&新規締結か、の4案くらいが考えられ、法務的なPros/Consを聞かれます。

結論、「動かす契約の束が大きければ、会社分割がラクで法的安定性も高い」となりやすいのですが、労働者保護(労働契約承継法)との関係では、結構大きなリスクがあるのではないかと考えています。

包括承継か特定承継か

契約の束を動かすときの選択肢として

  1. 会社分割
  2. 事業譲渡
  3. 契約上の地位の移転
  4. 既存契約の終了&新規締結

が考えられ、会社分割だけが包括承継です。包括承継は、少し厳格な手続を踏むことで、契約相手の個別承諾を得ることなく、必要なものを別の会社に移せます。他方、2〜4は特定承継(4は承継ではありませんが)なので、別の会社に移すには、契約相手の個別承諾を得る必要があり、数が多いと大変。クロージングに間に合わないことはザラです。

したがって、会社分割が選択されることも多いと思います。

旧商法時代は、「営業」の全部又は一部しか分割できないとされ、契約の束を動かすために会社分割を利用することはできませんでした。ところが、会社法は「営業(会社法でいう「事業」)」性要件を捨て、「事業に関して有する権利義務の全部又は一部」を分割でき、契約の束も動かせるようになっています。

労働者の意向が反映される労働契約承継法

会社分割について回る労働契約承継法では、

  1. 承継対象事業に主として従事しているのに、労働契約が承継されないことになっている労働者
  2. 承継対象事業に主としては従事していないのに、労働契約が承継されることになっている労働者

は、所定期間内に異議を申し出れば、1の労働者は労働契約が事業とともに承継され(労働契約承継法4条4項)、2の労働者は逆に労働契約が承継されません(同法5条3項)。

契約の束を動かす場合、通常は従業員の移動を想定しません。なのに、従業員が「その契約が紐づく事業のために働いている私は主従事者だ。労働契約を承継させよ」とこぞって異議申述権を行使してきたらどうなるでしょう。

「自分は主従事者だ」と主張する労働者が現れたら

  • 労働契約承継法は、承継対象事業に主として従事する労働者の異議申述権を定めている
  • 「契約の束」は事業ではない(会社法上、事業性要件は不要)

ことから、契約の束を動かす場合、異議申述権のある労働者は存在せず、結果として労働者保護手続も大部分が不要だという見解があります。会社法が事業性要件を捨てた以上、裁判所もこの解釈を認めるだろうとおっしゃる弁護士事務所も複数。

理屈はそうかもしれませんが、直接的な裁判例があるわけでもないようで、「自分は主従事者だから移籍させろ」という労働者が現れたらどうなるんでしょうか…惨事だ。
特に、最近の労働組合の活動やそれを支える人たち(労働者側の弁護士含む)を見ていると、労働者に行使可能な権利をどんどん宣伝するし、訴訟も厭いません。万一紛争化したとき、最終的には会社の主張が認められたとしても、それまでの数年間はどうやって事業を回すのか。

所属先が変わっても待遇が自動で変わるわけではないので、そんなことをいうメリットはあまりないかもしれません。しかし、今より移管先の方が大企業だったりすると、将来を考えてそちらにいきたいという労働者が続出する可能性はあり、「机上の空論」と片づけるのはちょっと怖いです。

「契約の束を会社分割で動かす」という手法は、グループ内で実行されることが多いものの、もしM&Aのクロージング準備行為として行われるのであれば、このリスクについては特別補償にでも入れたほうがよいのでは…
(そんな契約、まだ見たことないですが)