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大阪で働く法務パーソンのはなし

M&Aで法務はどんな経験を積めるか

 

M&Aの経験は法務としてハクがつくらしいけど、実際には雑用みたいな仕事が多い」という趣旨のツイートを拝見しました。
「たしかに」と感じる面も大いにありますが、M&Aだから経験できることもやはりあるのでは?じゃあそれはどんなものか?

自分の経験から思い出してみます。
なお、M&A(売るか買うか)だけでなく、JVの立上げのようなアライアンスも含めていますが、投資目的の出資引受けやそのエグジットは除外しています。理由はありません。

私のM&A業務経験

私のキャリアのスタートは、そこそこ大手事務所でのパラリーガルです。その事務所では、コーポレートパラリーガルは新卒2年目からDDにも参加していました。

その後、事業会社に転職して得た経験は次のようなもの。

  • 直接投資による海外法人設立
  • 海外現地パートナーとの合弁設立とフランチャイズ契約締結

この会社ではクロスボーダーの案件しかなく、未熟者には難易度が高すぎるプロジェクトばかりで、いつも商社や駐日大使館などのサポートを受けていました。おかげで履歴書は華やかになったと思う。

そして現職では、次のような経験をさせてもらっています。

  • 入札案件を含む国内外の会社の取得
  • 海外子会社の売却
  • 国内企業との合弁設立

DDまでやっても入札で負けたり、ディールキラー*1を見つけて見送ったりするケースのほうが多いので数はそれなりにあっても、成就した案件はかなり少ないです。。

M&Aで何をしてきたか

そんなキャリアで私は何をしてきたのか。

【法律事務所では】

  • 組織・株式周りのDD(QA提出・レポート執筆含む)
  • CoC条項のチェック
  • 企業結合届出のドラフト・提出
  • スケジュール作成
  • クロージング前後の議事録類の作成・登記申請

【事業会社では】

  • 秘密保持契約のレビュー
  • アドバイザーとの契約書のレビュー(FAの報酬に目玉が飛び出る)
  • スキームの検討
  • 依頼資料リストの作成
  • 開示資料の準備
  • QA対応(出すのも受けるのも)
  • インタビュー(するのも受けるのも)
  • LOI・DAのレビュー
  • 付随契約書の作成・レビュー
  • 企業結合届出その他当局手続のための情報収集・確認
  • クロージングに向けたその他書類・規程類の作成・相手方書類のレビュー
  • クロージング(サイニング)立会い
  • スケジュールやWBS作成・更新
  • 法務アドバイザーとの連携
  • 社内定例会への参加・他のチームとの連携(相談相手ともいう)
  • 相手方との窓口・契約交渉の同席

たしかに、事業会社だと雑用っぽい仕事も多い…アドバイザーや相手方↔︎事務局や他のチームの間に入って抜け漏れチェックしたり、お尻をたたいたりする仕事で一日が終わると「なんで私がこんなことをしないといけないのっ」と思ったりもします。

M&Aで何を得たか、得ていないか

私がM&A経験で得られたと思う経験やスキルにどんなものがあるかを思い出してみました。
ひとことで言えば「機関法務系の不備に鼻がきくようになり、かつ、M&Aを進める肝が据わった」というのが得たものだと思います。もちろん、M&Aでなくても身につけられる経験・スキルもあるのですが、M&Aは短期集中コミコミでお得です。

  • 登記事項証明書の読み方が身につき、会社設立までたどり着ける(閉鎖謄本の取得も含む)
  • 定款や取締役会規程の不備に気づきやすくなる
  • 株主総会や取締役会の議事録、株主名簿の不備に気づきやすくなる
  • 利益相反取引(の可能性)に気づきやすくなる
  • 普通にやっていればつくることのない議事録・書類も作成できる(過年度計算書類の承認とか、過去の報酬支給の追認とか、CoCの承諾書とか…)
  • マイノリティに与える拒否権、プット・コールオプションのバリエーションが身につく(寛容に、あるいは狡猾になる)
  • 前に進める上でボトルネックになりやすいポイントが見える(結局、税務)
  • 案件を進行させる上でのポイントの重要性を峻別できる
  • 土壇場での条件変更要求にも焦らなくなる
  • 自社の組織・事業への理解が深まり、問題が見える
  • 大量の情報と仲良くなれる
  • 文章の精度が上がる(DDレポート作成には厳格な表記コードがあるため)
  • 経営陣や普段接しない部署のメンバーと接する機会が増えて一目置いてもらえる
  • クロスボーダーM&Aの場合は、ちょっと英語に強くなる。ただし、すぐにもとどおり。

M&Aやアライアンスでは、DDする方なら他社の書類ややり方に大量に接することができ、自社では経験していないことを疑似体験できます。これは、会社勤めの法務パーソンには貴重な経験ではないでしょうか。DDされる方になると、自社の理解が一層深まります。ただし、そこで見えた問題に対処するかは別問題です。

もちろん、法務では得られない経験も。M&A経営判断なので、進めるか進めないか、どう進めるかや「いくら」にするかは、戦略投資部門に決定権があるのが一般的で、プロジェクトリーダー・管理も戦略投資部門のメンバーが担うことが多いと思われます。
私がこれまで在籍した企業はどれもそうで、したがってプロジェクトをリードする経験は私にはまだありません(しんどさを見ているとやりたくもない…)。
結果として、100日プランの策定などのPMIに関与することもほとんどないし、DD結果や採用スキームなどを取締役会に報告するときもほとんど関与できていません。。
このあたりは、会社によって違うところで、ガンガン法務部門が関与しているところもあるはず。

M&Aの機会が巡ってきたら若手におすすめしたいこと

以上のとおり、M&Aを通して得られる経験・スキルもあります。
普通の会社だとM&Aはそんなに頻繁にあるわけではないから、たまのチャンスにはできるだけ若手メンバーにも参加してもらい、多くを吸収してほしいと願っています。

ひとたび案件が始まると、DDするならアドバイザーに任せきり、されるなら開示対応で忙殺のどちらかが多いのですが、以下のようなことをすると法務力がかなり上がるのではないかと先輩は思っております。アドバイザーから提出されるDDレポートで一応の答え合わせもできますしね。

  • 登記事項証明書を確認し、他の開示書類と整合しているか確認する
  • 定款、取締役会規程、株主名簿が会社法から逸脱していないか確認する
  • 株主の異動を見える化する(そのとおり決議がされているかも)
  • 議事録に不備がないか*2、深堀りが必要な案件がないか*3確認する
  • 以上を踏まえて対象会社に確認すべき事項をピックアップする
  • そのうち、本当に確認すべき事項を検討する(=不備の効果を検討する)*4
  • DDの結果で「契約書に反映する」とされたことが契約書に反映されているかを確認する
  • サイニングからクロージングまでのスケジュール・WBSを作成する(法務系のみでも)
  • 他のチーム・相手方・アドバイザーとのやりとりを担当する*5

もっと色々ありそうですが、忘年会続きの頭ではこのくらいしか思いつかないので、またいつか更新できたらと思います。。

*1:リーガルアドバイザーの感覚だとそこまでではなくても、一部の役員(特に社外役員)が拒絶反応を示して見送ることがままあります。。

*2:定足数、選任懈怠、特別利害関係、専決事項のもれ、利益相反取引の承認・報告など。

*3:子会社による親会社の貸付など。

*4:質問の数が制限されたり、重要度を設定することが求められたりする案件が多いし、1ラリーで必要な答えを得るよい練習に思います。

*5:全体の進捗を見られるようになり、「木も森も見る」ことができるようになるはず…