取引先の破産について、このブログでも何度か書いたことがありますが、改めて「何をいつまで相殺できるのか」という質問があり、整理してみました。
そういえば、コロナ禍になって、まだ破産や営業停止の相談は受けていませんでした。
売掛金と立替金を例に
サブスクに代表されるような最近の新しいビジネスでは、「万一に備えて担保をとる」などなかなかないでしょうが、直接掛売をする当社ではとても重要です。当社の場合、他の取引先に立替払いすることもあるので、保証金の形で差し入れてもらい、種々の金銭債権との充当に備えることが多いです。
ここからは、売掛金と立替金を例に考えます。
破産法72条(相殺の禁止)
保証金はいざというときの担保ですが、万能ではありません。破産法72条1項は、以下のように定めます。
(相殺の禁止)
慣れないとなかなか読み取りにくいですが、相殺(充当)できない債権とは要するに、
- 善意・悪意問わず、破産手続開始決定後に生じた債権
- 支払不能や破産手続開始申立てを知ってから生じた債権
が原則であると思っておけばよく、これだけ見ると「そりゃそうだ」という話です。危ないことを承知で債権を取得するわけですから。
しかし、いまどき受発注も支払もシステム上で行うので、急に「ストップ」と言われても止められません。相殺できない債権が生じることもままあります。
相殺禁止の例外ー有事前に生じた原因に基づく場合
さて、原則があれば例外があります。破産法72条2項は以下のとおりです。
2 前項第二号から第四号までの規定は、これらの規定に規定する破産債権の取得が次の各号に掲げる原因のいずれかに基づく場合には、適用しない。一 法定の原因二 支払不能であったこと又は支払の停止若しくは破産手続開始の申立てがあったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因三 破産手続開始の申立てがあった時より一年以上前に生じた原因四 破産者に対して債務を負担する者と破産者との間の契約
このなかで、私が実際に使ったことがあるのは2号です。
取引先が支払不能に陥る前、平時だったときに「あそこの大口得意先は、当社で立替払いします。立替分は翌月●日までに支払ってください」という契約書を交わしていたので、本来であれば支払不能を知った後では相殺できない債権が、破産手続開始決定直前までは相殺可能になりました*1。
元請負人と下請負人との間の約款に基づき、元請負人が下請負人の債務を危機後に立替払いした事案で、当該立替払いの求償権は「…前に生じた原因」に基づくとして相殺を認めた裁判例(東京高判平成17年10月5日判タ1226号342頁)が本件でも使えるのではないか?という判断でした。
さらに、傍論ながら
破産者に対して債務を負担する者が,破産手続開始前に債務者である破産者の委託を受けて保証契約を締結し,同手続開始後に弁済をして求償権を取得した場合には,この求償権を自働債権とする相殺は,破産債権についての債権者の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続の下においても,他の破産債権者が容認すべきものであり,同相殺に対する期待は,破産法67条によって保護される合理的なものである。
という最高裁判決(最判平成24年5月28日民集66巻7号3123頁)もあるので、平時に契約しておけば、手続開始決定後に行った立替の求償権についても相殺できそうです。
結局いつまで相殺できるのか
以上から、売掛金と立替金がいつまで相殺できるかについて、整理すると次のようにないえます。
この結論だけを担当者に伝えると、「なんで契約に基づく立替金だけ違うの?」と当然聞かれるのですが、正直、うまく説明できません。
危機前の契約に基づき取得する債権を自働債権とすることは、他の破産債権者も容認すべきと言うのなら、平時からいざというときに備えて管理コストを負担して保証金をとっていたのだから、全部充当させてくれよ…と凡人は思うわけです。
*1:「なりました」と言い切っていいのかわかりませんが、その件では無事に否認されませんでした。