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大阪で働く法務パーソンのはなし

「アマビエ」独占問題

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電通が「アマビエ」を商標出願し、一転取り下げたことが先日ニュースになりました。

「使用予定がなくなった」というのが電通からの発表だそうですが、俄かに脚光を浴びた妖怪の名前を独占使用しようとしたことに対する批判を浴びての対応かもしれないという憶測も。

「アマビエ」は登録可能か

商標登録は、商標と指定商品・指定役務をセットにして行うものです。そして、商標は、指定商品・指定役務との関係で、造語であったり、恣意的であったり、暗示的であったりすると、識別力があるとされ、登録への道が開かれます。絶妙な暗示的商標の登録を狙い、成功している企業として、小林製薬が知られています(指定商品「薬剤」に対して「のどぬーる」など)。

電通が「アマビエ」の出願で指定したのは、第9類(アプリなど)や小売役務提供などだったようなので、妖怪の名前をそういった商品・サービスの目印にすることは、恣意的商標にあたり、識別力はあるといえます。

ということは、あのまま出願を続けていれば、登録できたんでしょうか?それとも、さすがに出願人と縁もゆかりもない妖怪の名前を独占使用させることはまずいと、公序良俗違反ではねられたでしょうか?

外野の人間からすれば、後者であってほしいですが、「アマビエ」が今ほど知られていなかったら、あっさり登録されていたのではないか?という気もします。現に、日本人の多くが知っているであろう妖怪の「かっぱ」は、登録されています(第1508523号。指定商品は日本酒など)。電通は取り下げましたが、「アマビエ」を出願している企業は他にもあるので、特許庁がどんな判断をするか注目です。

登録商標があれば、広くライバルを封じられる

商標は、いったん登録されると、お金さえ払えば半永久的に権利を維持することができます。その権利とは、登録商標を指定商品・指定役務に独占的に使用する権利と、登録商標に類似する商標を類似の指定商品・指定役務に他人が使用することを排除できる権利です。

だから、私たちは、「登録商標と同一又は類似の指定商品・指定役務」に「登録商標と同一又は類似の商標」を使わないように腐心します。具体的には、法的に保護される「類似」の境界がどこにあるかは事前にわからないので、あまり攻めたことはしない、つまり、登録商標があれば、似ていると考えられる表現は、できるだけ商標に使用しないように努めます。たとえば、キャッチコピーは商品の出所表示ではないので、商標法的には登録商標をキャッチコピーとして使用しても侵害には当たらないはずですが、「出所表示に使われている」とクレームを受けたくないから使用を避けるといった具合です。
権利者からすると、登録商標があれば、おそらく法的に保護されるよりも広い範囲で似た商標や似た商品への使用を封じることができ、その牽制効果は絶大です。電通は、「アマビエ」の「独占的かつ排他的な使用はまったく想定していなかった」と述べているそうですが、その牽制効果を狙っていなかったとは言えないはず。

電通ともあろう企業が自分の影響力を見誤るなんて…という事例ですが、当社のような中堅企業も他山の石とせねばなりません。実際、私も前職で、とある登録商標について「お前が独占できる商標ではない」というクレームをたくさん受けたことがあります。

商標をキープする企業

商標は、先に登録したもの勝ちなので、いい商標は、使用するかどうかにかかわらず、かこってしまいたくなります。現に、たくさん「ストック商標」を抱えて、その中から新商品を考える企業もある聞いたことがありますし、当社でも絶妙な恣意的商標は、当面使う予定がなくても更新して権利をキープすることがあります。また、カシオが「G-SHOCK」の保護のために「A-SHOCK」から「Z-SHOCK」まで登録しているのも有名な話です(不使用取消対策はしているのだろうか…)。

商標は、その使用によって蓄積される信用を保護するもので、自分で使用する意思は登録要件であり、使用を予定していない登録商標をキープすることは、制度趣旨からすると認められないはずです。しかし、現在のところ、キープされている登録商標を消滅させる有効な手段は、なかなかありません。3年以上使用してなければ不使用取消審判を請求できますが、この「不使用」のハードルはかなり高く、実際には、何らかの使用があれば商標的使用があったと認めてもらえる傾向にあります。「商標的使用」を要しないとする有力な見解もありますし。

使用予定のない登録商標は手放そう

消費財の世界で働いて数年、感じるのは「使わない商標は手放すべき」ということです。使いもしない商標を、いつかのためにとキープしておく人たちがいっぱいいるから、その絶大な牽制効果のためにどんどん商標の選択の幅が狭まり、ネーミングの自由度が失われてしまいます。

結局、お互いに自分の首を締めているだけなのに。
(ただ、実践するには、もう少し審査のスピードアップをお願いしたいですけれども…)