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大阪で働く法務パーソンのはなし

商業登記が苦手な3つの理由

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M&Aや不祥事の少ない穏やかな企業にいると、会社法や商業登記の仕事は、取締役会関連を除くと、年に1回くらいしかやってきません。子会社があればもう少し高い頻度で回ってくるでしょうが、それでも少ないと思います。

挑戦する機会が少ない上に、毎日のようにする契約書チェックや相談対応とは勝手が違うので、企業の法務パーソンが身につけるのは、結構ハードルが高いようです。育成担当としては、悩みの種のひとつです。

社会人初仕事は役員変更

以前、何かの記事で、「法務パーソンはまず契約書チェックで経験を重ね、次に会社法関係、そしてM&Aへとステップアップしていくものだ」というようなキャリアプランを読んだことがあって、法律事務所出身の私はすごく驚いた経験があります。

私が社会人になって最初にした仕事は、ある外資企業の定時株主総会に関する一連の書類作成と役員変更登記申請手続であって、「契約書のチェックは、非弁活動に当たるからやってはいけない」くらいの謎な拒絶反応を持っていたくらいでしたから*1

社会人になって初めての仕事では、先輩が会社法*2の条文を一緒に丁寧に読み解いてくれ、定時株主総会や登記申請に必要な書類の作り方や参考書籍を教えてくれました。どういう仕事をするのかわからないまま入所したので、多分とっても難しかったし、一度で理解できたはずがありません。でも、不思議とつまづいた記憶はなく、一年目で設立、増資、解散・清算くらいはやったと思うので、ほぼ大学生の頭から始めてもこのへんは十分にやっていけるはず、という思い込みが私にはありました。

法務パーソンは登記が苦手?

事務所時代、条文と書籍と前例を参考に書面を作るという仕事ばかりやっていて、スケジュールや議事録や官公庁に提出する書類、DDレポートなどは作れるようになっていきました。一方、たとえ募集株式や募集新株予約権の総数引受契約であっても、「契約書を見ろ」と言われたら「無理!」と逃げていました(し、求められもしなかった)。

しかし、これが一般企業だと逆です。契約書は快刀乱麻を断つように鮮やかに対応しているのに、議事録や登記申請書類を作るのは苦手な人が多い。率直に言って、会社法商業登記法の条文を読むのがあまり得意ではない模様…私の指導不足です。

商業登記に強くなれない理由

私からすれば、契約書のチェックは、たくましい想像力が求められ、手すりもない暗闇を懐中電灯片手に歩きながら洞窟の地図を描くようなものです。全部をつまびらかにすることも到底できません。一方、設立や役員変更のようなありふれた商業登記は(あるいは組織再編関係であっても)、取扱説明書を読みながら電化製品をセットアップするようなもので、見るものと手順さえ間違えなければ、そう大きく失敗することはないはずです。

しかしなぜ、法務パーソンは登記が苦手なのか。その理由を3つ考えてみました。

  1. 確認すべき条文数が多い
  2. 選択肢が色々あって混乱しやすい
  3. 司法書士の壁

確認すべき条文数が多い

まず、商業登記は、契約書チェックや相談対応などと比較して、確認すべき条文があちこちにあります。株主総会をしようと思ったら、会社法298条、299条、300条、309条、318条、319条…さらには会社法施行規則、定款。取締役会も同様です。登記が入ってくるとそれだけでは足りなくて、商業登記法46条、54条、さらに商業登記規則61条や関連通達なども確認します。契約書チェックや相談対応でこれだけの条文を確認することはあまりないので、六法と首っ引きになるだけでかなりのストレスになるみたいです。
毎日やっていれば頭は無理でも手が覚えてくれますが、普通の企業でその域に達するのは難しい。*3

でも、残念ながら、このハードルを乗り越えるには、何度も条文を引くしかないと思います。実務書や書式例も豊富にありますが、私は意地悪く条文を引くように仕向けています。読めないと株式譲渡も組織再編行為もできないし…

選択肢が色々あって混乱しやすい

法務パーソンは誠実に仕事をする人が多いので、「条文をしっかり拾いなさい」というと、大概真面目にやります。しかし、商業登記の添付書類は、裏技があったり、特別ルールがあったりして、ここでつまづくことも多いように感じます。

たとえば、これは会社法の話ですが、取締役を選任するのに、実開催にするか書面決議にするか、書面決議にする場合、株主提案か会社提案か。実開催の場合は、その人が出席していてその場で就任承諾すれば就任承諾書は省略できるけれど、書面決議だと不可。また、現実よくあるのは、唯一の代表取締役が取締役を辞任する場合、後任の代表取締役選定にかかる取締役会決議には、全員の実印による押印が必要だけど、辞任する代表取締役が出席していれば不要。
というように、条文を読めばそうなっているのだけど、自在に扱うには「身につけて」としか言いようのない選択肢がたくさんあるんですよね。だから、司法書士さんという職業が成り立つわけで。

これも、身につくまでやろう、としか言いようがありません…

司法書士の壁

この2つの関門を乗り越えたら合格なのですが、最後に司法書士の壁(設立のときはさらに公証人の壁も)に当たることがあります。
「こうじゃなきゃ登記できません!」とかおっしゃる司法書士がいらっしゃって、「嘘つけー!」と思うのですが、戦うほど重要性が高くないのですんなり引き下がることが多いです。
最近の経験だと、取締役会設置会社を設立するのに、「当社の取締役は、5名以内とする。」という定款案を公証人に見せたら「当社の取締役は、3名以上5名以内とする。」にしてくださいと言われました。司法書士経由で依頼していたので、「戦ってよ、司法書士!」と思いましたが、当面取締役会を廃止する予定はないし、廃止する場合にはどのみち定款変更が必要なので、まぁいいかと指示に従いました。

これは、不運と諦めればいいと考えています。もちろん、重要なものであれば、自ら法務局に電話したり相談に行ったりして、司法書士さんを説得します。

司法書士さんに当社案で登記できない理由を訊くと、「前、登記官に言われたから」「前、そうやったから」という回答が多いのですが、法務パーソンの教育上よろしくないので、その言い方はやめてほしい…

*1:どの仕事も、弁護士の名前と責任の下でやっていたので、冷静に考えるとおかしい。

*2:正確には、当時はまだ会社法でなく商法と商法特例法でしたけど…

*3:民事局のサイトが充実しているし、実務書も豊富にあるので、慣れれば都度条文を確認したりしませんが、法務パーソンの姿勢として、常々「根拠条文を見なさい」と言っているので、最初の数回は確認してもらっています。