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大阪で働く法務パーソンのはなし

改正公益通報者保護法が施行されたら内部通報業務を拒否したい

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先日、監査役から「公益通報者保護法が改正されるから、勉強しておくように」と、監査役協会の研修資料を見せてもらいました。
民間事業者向けガイドラインを守っておけばいいんでしょう?だったら、当社ではやることないよね」と思っていたのですが、それは間違いだった… 
とはいえ、本日現在、私にできることはなさそうです。

改正の背景と施行時期

今回の改正は昨年8月の成立しましたが、これは平成16年に制定されて以来の抜本的改革だそうです。改正の背景には、この法律が期待したようにはワークしていないことがあるらしい。

公益通報者保護法があっても、不祥事は頻発するし*1、通報者の不利益取扱いも知られており、改正の必要性が度々議論になりながらも「まずは法律の周知徹底が優先課題」として見送られてきた経緯があるそうです。*2

ソフトロー的なところでは、民間事業者向けガイドラインや自己適合宣言制度などが誕生していたものの、今回、満を持しての法改正だったわけですね。不勉強でした…

この改正法は、十分な準備期間が必要として、来年(2022年)の施行が予定されており、今年は後述の指針や各種ガイドラインが整備される予定とのことです。

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改正法Q&A(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_200828_0001.pdf

改正公益通報者保護法の内容

では、改正法では、何がどう変わるのでしょうか。
大きくは、次の3つの柱があるようです。

  1. 事業者への体制整備を義務付け+ペナルティ創設
    従業員数300人超の事業者には、公益通報(内部通報)に適切に対応するために必要な体制の整備が義務付けられます(改正後の11条2項)。また、内部通報業務に従事する者を定めなければなりません(改正後の11条1項)。そして、国は、報告徴求、指導、勧告等ができる(改正後の15条)ほか、勧告に従わない場合には公表というペナルティも持つことに(改正後の16条)。
    ここで私がもっとも恐れるべきことは、内部通報業務に従事する者には、法律上も守秘義務が課され(改正後の12条)、さらに違反した場合には罰金刑の対象になるということ(改正後の21条)。重たい仕事をしているのに、なぜ罰金刑の対象にされなければならないのか…!重圧に耐えかねる人のために拒否権を与えてほしい。
  2. 行政機関・報道機関等への通報要件の緩和
    現行法は、事業者の自浄作用に期待し、事業者自身を最初の通報窓口と想定しています。行政機関や報道機関等に通報できるのは、真実相当性がある場合(行政機関(現行法の3条2号))や、事業者にも行政機関にも通報できない一定の事項(報道機関等(現行法の3条3号))と、ハードルが高く設定されています。これが改正法では、行政機関については身分と一定の事項を明らかにすれば、真実相当性が不要になり(改正後の3条2号)、報道機関等への通報についても要件が少し緩和されます(改正後の3条3号)。
  3. 通報者の範囲・保護の拡大
    現行法では、保護対象の「公益通報者」とは「公益通報をした労働者」(現行法の2条2項)をいいますが、改正法では、退職者のほか、なんと役員までもが保護対象になります(改正法の2条1項)。また、公益通報の対象となるのは、犯罪行為のみならず、過料対象となる行為も追加されます(2条3項1号)。これは、不祥事の中に品質不正が多く含まれていたことに起因するようです。

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改正法の概要(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_200615_0001.pdf

事業者がやるべきこと

では結局、改正対応として、事業者は何をすれば良いのでしょうか。

一定規模の企業であれば、内部通報制度は構築しているでしょうし、上場していれば、経営者から独立した窓口を整備しているところが多いので、窓口体制を整備せねば!というところは少ないはずです。そうすると、つまるところ、改正後の11条2項に定める内部通報に適切に対応するために「必要な体制の整備」さえすればよさそうです。で、その指針は前述のとおり今年中に出るそうなので、結論、今できることはなさそう…と理解しました。
強いていえば、内部通報業務に従事する者には、刑事罰ありの守秘義務が課されるので、事実上は適用されることのないように(故意犯の認定を極めて狭くするように)、指針なり逐条解説なりにしっかり書き込んでもらえるよう声を上げるくらいでしょうか。従事者は、もちろん細心の注意を払っているけれど、重大な不正ほど知っている人は限られるから、調査すれば特定を避けにくい!と声を大にして言いたい。

役員にも通報権を認める??

内部通報業務従事者への刑事罰あり守秘義務を課すことと並んで、私が驚いた改正内容は、公益通報者に役員が含まれたことです。役員、すなわち取締役や監査役公益通報の保護対象になり得ます。
「自分ひとりでは経営者を止められない」という役員がたくさんいらっしゃることは承知するのですが、外部に通報するには、調査是正措置に努めることが求められているので(改正後の6条2号・3号)、実効性はどれほどなんでしょうか…それに、監査役には、違法行為などの報告義務があるし(会社法382条)、差し止める権利だってあるのだから(会社法385条)、外部に通報する前にすることがあるでしょう?

なお、見せてもらった資料では、役員による外部への通報について、以下のような言及もあったので参考まで。役員による利用はなかなか難しそうです。

間口の広さも大切だが、適切な調査体制・環境が重要

今回の改正は、通報の間口を広げ、ハードルを下げるものですが、必要なのはこれだったのでしょうか。

今回の改正を必要としている方もきっといらっしゃるのでしょうが、一定規模以上の企業であれば、通報の窓口は、改正内容よりも広い間口・低いハードルにしているところが大多数と思います。当社でも、匿名通報は受け付けるし、退職者含めて役職員誰でも利用できるし、お取引先からの通報も受け付けているし、不利益取扱いについても、人事部門や私たちは細心の注意を払って対応に当たっています。一方、従業員300名程度の企業は、真面目に頑張っても実効性を確保するのはなかなか難しいように思われます。

思うに、大企業で内部通報制度がワークしないのは、社員が制度を信頼していないから。いくら経営者から独立した外部窓口を設けたところで、結局会社が通報内容を聞いて調査するし、沙汰も会社が決めます。通報者の匿名性を若干高める以外、外部窓口の有用性はないと思うのですが…

私自身、「私はどこに内部通報したらいいの?」と入社以来言ってきました。受付担当の私や監査部門の不正を誰が見抜き調査するのか?という問題もあります。誰が考えてくれるんでしょう…そりゃ、私か?

*1:長く続いていた不正が明るみになったのは、内部通報や内部告発の結果という報道もあるので、「不祥事が頻発しているから法改正する」というのは、理由になっていないような…

*2:周知が進んで?公益通報とは言えないような事例で「公益通報者保護法を知らんのか!」と言ってくる方が現れるという事象が生まれましたよね…