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大阪で働く法務パーソンのはなし

インサイダー取引防止のための社内ルール

みなさんの会社では、自社株の売買についてどのようなルールを定めているでしょうか。そして、そのルールは、どれくらい周知・徹底されているでしょうか。

私の出会ったルールたち

私は、上場企業をクライアントに持つ法律事務所と、上場企業(の子会社)2社に勤めてきたので、都合3種類のルールに従ってきました。

ルール1:インサイダー取引をするな

法律事務所時代は、「インサイダー取引をしてはならない」以上の特別なルールはなかったように思います。
インサイダー取引をしてはならない」というルールしかないので、株取引にあたって事前届出や事後報告をすることもありませんでした。

ただ、一緒に仕事をする弁護士には、「何を知っているかにかかわらず、クライアントの株式は取引するな。でも、クライアントがどことつながっているかわからないから、基本的に株式に手を出すな。投資がしたければ投資信託にしておけ」とクリアに指導してくれる方があって、今でもこの忠告をベースにして自社株には手を出さないようにしています。

ルール2:四半期決算発表から2週間の間のみ取引してよし

その後転職した会社は、世間的にはいけいけどんどんなベンチャー気質の企業でしたが、その実、内部統制はすこぶる堅実で、インサイダー取引に関してはもはや厳しすぎるレベル。

経営企画・IR・総務・財務経理といったザ・管理部門は、各四半期決算の発表から2週間の間しか取引が認められていませんでした。もちろん、その期間に重要事実を知っていれば取引はできませんし、事前届出と事後報告も必要です。

記憶が定かではありませんが、その他の社員は、四半期決算後から決算発表までが取引禁止期間だったように思います。そして、実効性を高めるために、「今日からいついつまでは取引禁止期間ですよ」というお知らせが四半期ごとに掲示板にアップされていました。掲示は面倒ですが、社員への周知徹底としては結構効果があったのではないでしょうか*1
あと、退職後1年間も株式を取引するときは事前届出と事後報告が必要というルールになっていました。守られていたのかは…

ルール3:四半期決算翌日から決算発表までは取引禁止

現職は、部署にかかわりなく、四半期決算翌日から決算発表まで(いわゆるサイレント期間)が一律の禁止期間です。株式事務は証券代行や主幹事証券におんぶにだっこの会社なので、これが一般的なのかな?と思っているのですがどうでしょうか。

取引禁止期間の周知は、なぜか毎年事前届出・事後報告のフォーマットが変わることもあり(どこを変えているのか…)、毎年期末に「次年度の取引禁止期間はいつからいつまでです。次年度のフォーマットはこれです」と全社向けに発信されるのみです。
みんなちゃんと見ているのか…と思わなくもありません。

いつから「重要事実」なのか

ところで、ある上場会社について、「未公表の重要事実を知りながらその上場会社の株式を売買等してはなりません」とはいうものの、「重要事実」についてしっかり教育している会社は結構少ないのではないかと思います。白状すれば、私はロクにやっていません*2。だって、正確に理解してもらうのはめちゃくちゃ難しいじゃないですか。

したがって、特に経営陣や管理系の人たちは、あまりよくわからずに「これ、インサイダーやから取扱注意な」と言っているような気がします。用心してくれる分には構わないし、本当に重要事実なのか確認するのは面倒なので普段はスルーしていますが、真面目に考えると結構厄介です。

重要事実には、ざっくり

  • 上場会社の決定事実
  • 上場会社の発生事実
  • 上場会社の決算に関する事実
  • 子会社に係る決定事実
  • 子会社の発生事実

があり、このうち「決定事実」とは「業務執行を決定する機関」が一定の事項を決定したことをいいます(金商法166条2項)。会社法の感覚だと、「業務執行を決定する機関」とは取締役会のことだから、決定事実とは「取締役会決議の存在」であり、逆にいえば取締役会で決議されるまでは決定事実ではないから重要事実でもない、という気持ちになります。

もちろん実際にはそんなに甘くなくて、「業務執行を決定する機関」とは、判例では実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行える機関のこととされ、会社や事案によるものの、「事実上決まった」と言える場合は決定事実になります。
とはいえ、実際のあてはめは難しいですよね。ビッド形式のM&Aの場合、DDに進むために出す最初のノンバイディングオファーを重要会議で決議したら、重要事実になってしまうのでしょうか。まだIMしか見ていないのに?
他にも、社長が「東証の要請もあるし、株式分割検討してみてよ」と言えば、我々は「社長は株式分割を望んでいる」と理解するので、実行に向けて走り出してしまうでしょうけど、「検討指示」であって「決定」ではないだろう…と思います。

ほとんどの従業員には取引禁止期間は不要?

現職では、「大多数の従業員は重要事実なんて知りようがないのだし、年4回の取引禁止期間を撤廃してはどうか」という意見もあります。
厳しいルールの会社にいた身にはぶっ飛んだ意見ですが、なるほどたしかに、サイレント期間中の禁止は主として決算情報を気にしたものであるからして、多くの従業員には無関係であり、意味のあるルールとはいえないかもしれません。

*1:掲示板を見れるのは社員だけで、数万人いるパート・アルバイトの方たちは蚊帳の外ではありましたが。

*2:もちろん、例示列挙で「こういうのが重要事実に当たるから、公表前にこういうのを知っているときは取引してはいけないよ」とコンプライアンス教育の中で説明はします。