週末、こんなツイートが。
デザイナーさんのお気持ちもわかるのですが、こう言われると発注側は「怖くて頼めません」となりそう…
通常のデザインの仕事でもコンペでも契約書や要項にしれっと「提出するデザインが第三者の権利を侵害していないことを保証する」と書かれていることが多い。もちろん他のデザインを模倣することなんてありえないが、意図せずかぶってしまうこともあるので保証まではできない。
— 大村 卓 Taku Omura (@trialanderror50) 2021年5月14日
知的財産創作の請負契約では不可欠な権利非侵害条項
私の勤務先では個人のデザイナーさんと契約していないので、少し事情が違うのかもしれませんが、結論からいえば、知的財産の創作をお願いする契約では、必ずといっていいほど発注側は権利非侵害の保証を思います。少なくとも、チームのメンバーがこの条項を挿入せずにチェックに持ってきたら、私は追加するように指示します。
たとえば、こんな条項。
「万一第三者から請求があれば、自己の責任と負担で解決せよ」という条件を加える場合もあるかもしれません。解決を任せてしまうと不都合が生じる可能性があり、契約書上は保証文言だけにしておいたほうが良い場合が多そうですが。
発注側の心理
- 誰でも手軽に創作・公表できる
- 知的財産権に対する権利意識が高まっている
- ニュースは瞬時に広がる
という時代なので、発注者は、粗相をしないようにかなり慎重になっているところがあると思います。デザインの世界でも契約書を作成するという慣習が根付いてきており、発注側が「せっかく契約書を交わすなら、こちらの思いを取り込んでおこう」となるのも自然な発想です。
そして、「そんな保証できません」とデザイナーさんに言われると、「このデザイナーはロクに調べもしないで納品するつもりか?」と不安になり、「そんなデザイナーには頼めない」という思考になりそうです。
JIDAの解説ー産業財産権は保証不可、著作権はOK
ツイートに対する反応を眺めながら、どこかの団体が何か解説していないかな?と探してみたら、(公社)日本インダストリアルデザイン協会(JIDA)というところが、デザイナーさんの立場で「ビジネスに即したデザインについて」という解説をされていて興味深かったです。弁理士会との共同研究によるものとのこと。
該当部分は以下のとおりですが、違和感を持ちました。概要、「産業財産権については絶対に保証をしてはならず、著作権については保証をしてもよい」とのこと。登録の有無を調べたり、類否判断をするのは素人には難しく、著作権についてはデザイナー自身の主観の問題だからということのようです。
著作権だって、著作物該当性や依拠性には高度な法律判断が入ってくると思うんですけど…プロダクトデザインをするなら、Plat-patくらい使えるようになったほうがいいと思うし…自分の権利を主張するなら、他人の権利にもリスペクトを、とも思います。少なくともプロなら。
(注:いずれも強調筆者)
- 保証条項の意味
発注者から提示される契約書には、「第三者の知的財産権を侵害しないことを保証する」という条項が含まれていることがあります。
この条項の意味するところは、
あなたが提案したデザインが、第三者の知的財産権を侵害して、そのために発注者が損害を 被ったときは「責任を持て」ということ。「責任を持て」とは、権利侵害による損害を全部負担しろということです。
知的財産権の中には、保証できるものとできないものがあります。
「法律的知識に基づく判断」を必要とする事項は保証できない。自分の行動で評価できる事項は保証してよい、ということになります。- 産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権) 保証してはいけない
産業財産権は、以下の特徴を持っています。
○登録されて権利が発生する。
・市場を見ても権利の有無はわからない
○権利の存在は、調査をしなければわからない。
・調査のためには専門知識が必要
○権利の存在を知らなくても、同じものを作れば権利侵害になる。
・権利の及ぶ範囲を理解するためには専門知識が必要
デザイナーが責任を負うには荷が重すぎる。
絶対に保証してはいけない。
ちなみに、弁理士も侵害の有無についての意見は示すが「保証」はしない。- 著作権
保証してよい
著作権は、他人の著作物を見て、それを模倣することが侵害の要件です。偶然同じようなもの ができても侵害になりません。
したがって、
模倣したかどうかはデザイナー自身が一番知っているのであり、他人の著作物を模倣していない、ということであれば著作権侵害はないので、これは保証してよい。 逆に、発注者は調査のすべを持たない。- 不正競争防止法
下記イ)は保証してよいが、ロ)は保証してはいけない。
不正競争防止法は、デザインに関してざっくり言うと二つの規制をしています。 イ)他人の販売後3年以内の商品の形態を模倣するな(同3号)ロ)他人の有名な商標や商品の商品等表示(商品の形態や模様など)と混同のおそれのあるものを使うな(不正競争防止法2条1項1号、2号)
上記イ)
模倣したかどうかはデザイナー自身が一番知っているのであり、他人の商品を模倣していない、ということであれば不正競争防止法3号違反はないので、これは保証してよい。
(略)
上記ロ)
他人の商品の形態などが有名であるか、混同する恐れがあるかなどの評価が必要なので、 デザイナーが判断することはできない。
「知る限り」と「知り得る限り」
一連のツイートでは、発注者が非侵害の条項を入れてきたら、「知る限り」を挿入するというくだりがありました。水野先生としては「知り得る限り」の趣旨だったと先生ご自身がコメントされています。
契約書であれば「自分が知る限り」第三者の権利を侵害していない、という内容に変更してもらっている。これは以前弁護士の水野祐さんのレクチャーを聞きに行ったときに学んだ。
— 大村 卓 Taku Omura (@trialanderror50) 2021年5月14日
「知る限り」と「知り得る限り」の違いは、後者には「普通に調べればわかる場合」が含まれることなので、発注側の妥協点は「知り得る限り」まででしょうね。発注側は、デザイナーさんの頭の中を見れないので、「知っていたか」を立証できません。
賠償額上限設定や保証期間制限も考えられそう
発注側としては、「一切保証できません」と言われるとお願いするのが難しくなりそうで、妥協案として「知り得る限り」というのは一案です。
他に考えられる案として、ひとつは「損害賠償の上限は、故意・重過失の場合を除いて委託料総額」といった上限を設けること。事実上タダ働きにはなりますが、それ以上は免責です。商品回収などが起きると、損害額が大きくなる可能性があるためです。
もうひとつ、保証期間を未来永劫ではなく納品後1年とかにすることも考えられそうです。
請負だと契約不適合責任は最大で引渡しから10年ですし、保証条項は契約終了後も無期限存続させるように修正することが多いので、「委託料と見合わないぞ」と交渉することが考えられます。
実際に侵害が問題になった場合、まともな企業であれば、デザイナーさんにすべてを押し付けることはしないはずで、保証条項にあまりビビらなくてもいいのでは?と個人的には思うのですが、甘いでしょうかね。。
信用できない企業なら、無断転用とか人格権侵害とかも起きそうなので、付き合いは遠慮するのが賢明そう。