クロスボーダー案件において、準拠法と紛争解決条項は、最後まで合意できないもののひとつです。一般条項だからスタンダードがあってもよさそうなものですし、多くの国がニューヨーク条約に加盟しているので、第三国仲裁がその最有力候補と思いますが、ビジネスマナー?常識?として、世界的な慣習になるまでには至っていません。
クロスボーダーの契約で「裁判管轄は被告地主義」は是か
先日、海外事業部から取引基本契約の確認依頼がありました。相手方から提示された紛争解決条項は、概ね次のようなものでした。
(準拠法の定めなし)
当事者間の紛争は、A社(日本法人)が被告となるときは、東京地方裁判所を、B社が被告となるときは、X国(B社の設立準拠法)Y地方裁判所を、第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
英文契約の初級講座を受けたら、講師から「修正すべき」と言われる確率100%でしょう。
準拠法は?
そもそも、この契約書には、準拠法の定めがありませんでした。この場合、当社が相手を訴える場合には、X国の国際私法に従って準拠法が決まることになると思われ、事前予測は難しいです。
逆に、当社が訴えられたときは、この契約が商品売買契約で当社が売主とすると、日本法に基づき日本の裁判所で解決されることになります。その根拠は、法の適用に関する通則法8条1項で、ある法律行為の成立及び効力は、「当該法律行為の当時において当該法律行為行為に最も密接な関係がある地の法」によることとされているから。物品売買では、最密接関係地は売主の常居所地と考えられます(同法8条2項)。よって本件では、当社が被告となる限り、特段不満はありません。
しかし、上記のとおり、当社が原告となる場合にはどの国の法律が適用されるか明らかでないので、この条件を受け入れるには勇気がいります。その国での経験が豊富なら構わないかもしれませんが。それに、反訴はどうなるの?
仲裁がいいと言われるけれど…
いざ使うときのために、準拠法や紛争解決は疑義のないように決めておきたいものです。しかし、それだけ重大な条項なので、双方に対等なバーゲニングパワーがあるときには、どちらか一方に有利な内容とすることは難しい。
そこで、落とし所として、準拠法も紛争解決も第三国で行うこととし、よって紛争解決手段は仲裁で、ということになることが多いです。
アジアの国だと、東南アジアであればシンガポールのSIAC、東アジアなら香港のHKIACが第三国地の仲裁機関に選ばれることが多く、ヨーロッパだとスイスかロンドンというイメージです。
仲裁なら、裁判よりも短い期間で終わるし、公開が原則の裁判と違って非公開で営業秘密が守れるし、その道に詳しい方を仲裁人にすることもできる、と、モノの本や英文講座の講師はそのメリットを力説します。
しかし、商社や常設仲裁裁判所でも勤務した経験を有するかつての部下は、常々「仲裁は勧めない」といっていました。理由は「仲裁費用が高すぎるから」です。
なるほど、仲裁人は基本的に国際経験豊富な(一流事務所所属の)弁護士が務めることが多いようですからね。
加えて、ニューヨーク条約に加盟していれば、外国での仲裁判断は原則として執行可能のはずですが、公序良俗違反を盾に執行を認めない裁判所があるかもしれません。
売買契約なら、買主のホームで裁判による解決が妥当に思えてきたが
当社が売主の場合、最も紛争になる確率が高いのは、買主の代金未払いと思われます。
そうすると、執行可能性まで考えて、買主の所在地で裁判による解決をするのが売主にはもっとも合理的ではないかと、最近思うようになっています。仮に、当社が訴えられて、相手方国の裁判になった場合でも、(当社に不利な判決が出る可能性は否定できないけれど)執行可否のリスクは買主が負うのだし。そうすると、被告地主義もそれほどまずくはないのでは?と思えるのです。この場合、裁判官の負担などを考慮して、準拠法も相手方国になるのが自然でしょう。
と、ここまで書いて、ある程度法的安定性の確保された国でないと使えない手段だなと気がつきました。。
余談ですが、以前、中国人パートナーと合弁事業を立ち上げたとき、合弁会社の設立準拠法をケイマンにし、合弁契約の準拠法もケイマン法にしたことがありました。その契約を作っているとき、当方のアドバイザーである弁護士から、「ケイマン法を準拠法にして大丈夫?一応、ケイマン法がどんなものか見ておいたほうがいいよ。」とアドバイスされたものの、結局、こちらのほうが交渉力が弱く、相手方に押し切られる形で準拠法はケイマン法、紛争解決はHKIACでの仲裁ということに。あの合弁事業で紛争が起きたとき、ケイマン法を理解したHKIACの仲裁人なんて、どうやって見つけるんだろう?と会社を離れた今も気がかりです。
やはり、準拠法や紛争解決のルールを定めるのは難しいですね。