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大阪で働く法務パーソンのはなし

電子契約を利用するために電子契約

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電子契約未導入の当社でも、相手方の意向により利用が着々と増えています。
大企業だと、「電子契約での締結に協力してほしい。具体的にはこういう手順でお願いします。」という丁寧な案内文をつけてくださるところも多くあり、勉強させていただいています。

が、中には、「なんで?」と思うことも。そのひとつが「『電子契約を利用するための電子契約』の締結を求められる」です。

電子契約の締結権限者・使用アドレスを「電子契約で」事前に指定する

具体的には、次のようなお話でした。

  • ある契約を電子契約で締結したい
  • その契約の締結権限者と使用メールアドレスを書面で指定し、これによる契約締結は確かなものだと誓約してほしい
  • その誓約も電子契約で差し入れてほしい

そして、締結権限者と使用メールアドレスを指定する誓約には、契約締結権者名義

 

貴社との××契約を××サインで締結するにあたり、締結権限は●●部長何某にあり、メールアドレス●●@xxx.co.jpを使用します。
何某が××サインを締結することについて、貴社に何ら迷惑をかけないことを誓約します。

本書面を××サインにて提出します。

というようなことが書かれていました。うーん、、ツッコミどころが多いです。

  • そちらの要求に応じているのに、なんで上から目線?
  • こちらに誓約させるなら、そちらも誓約すべきでは?
  • 自分で「私に権限があります」という書面をわざわざ作る必要性って?
  • この誓約を別に作成して電子契約で差し入れる意味は?

事前に指定する理由

事前に締結権限者や使用するメールアドレスを確認する理由は何か。

それは、現時点の事業者署名型の電子契約サービスの証拠力に不安があるからだと理解しています。
知られた裁判例がほとんどないので、ある会社の電子契約サービスで締結された電子契約が真正に成立したものとして裁判の証拠として使えるのかがよくわからず、慎重な態度をとる企業も珍しくありません*1

この懸念の有効な解決策は、自ら署名鍵と電子証明書を取得する当事者署名型を採用することです。私の経験では、「おたくの電子証明書発行費用も持つので当事者署名型でお願いします」という企業さんが実際にありました。
しかし、締結権限者である部長クラス全員が取得するのもコストですし、何より相手方にも取得を求めなければならないので、普通の企業には現実的ではありません。

そこで、次なる解決策として、事業者署名型を採用しつつ、電子契約で使用するメールアドレスを事前にオフィシャルに指定しておくことが考えられます*2
くだんの企業さんも、この方法を選択されたのでしょう。

もっとも、導入企業の多くは、

  1. 契約の形式的証拠力が論点になることは非常に稀
  2. BtoBであれば、従前のやりとり・信頼関係から、本人の存在とメールアドレスとの対応は確認できているのが普通
  3. その者に権限があるかどうかを「きちんと」確かめないのは、紙の契約書でも同じ

といった理由で、特別の手当なく電子契約を締結していると思います。

書面でしないと意味がない?

あらかじめ締結権限者と使用メールアドレスを定める意義は、これを「紙とハンコ」で作成することにより、この書面に二段の推定を及ばせて電子契約の真正成立の立証ハードルを下げるところにあるはずです。
二段の推定が及ぶ「紙とハンコ」で指定された者・メールアドレスで締結された電子契約ならば真正に成立しており、会社に責任を負わせてしかるべきだ(意図しない締結があったとすれば、それは会社に過失がある)という理屈。

したがって、「この人がこのアドレスで締結します」という書面は、「紙とハンコ」で作成しなければあまり意味がないような…

そもそも「この契約では、この人がこのアドレスで締結します」と、契約と1対1対応で差し入れるなんて馬鹿馬鹿しいし、ましてそれを電子契約で差し入れるなら、契約の記名欄に使用アドレスを書くのと何が違うのか…

  • 事業者署名型の電子契約を利用すること自体は、やぶさかではない
  • 上記のとおりツッコミどころはあるが、何がなんでも拒否するほどのものでもない
  • 先方が「他社はみんなこれでやっている」と交渉に応じない
  • 「このやりとり、無意味では?」と腹を割れるほどの信頼関係もない(当社の立場が下)

ので、顛末としてはおとなしく従いました。。交渉に応じるつもりがないなら「誓約」より「確認」とか、もう少し柔らかい表現を使われたほうがよかったような。

社内コメントは流出する

くだんの誓約は、相手方の法務部門が作成されたもののようで、次のような社内向けコメントがバッチリ残っていました。

「この書類はこういうときに使ってください」
「ここは××を書いてください」
「ここはいらなければ削除してください」
「こういうときは法務に相談してください」

きっと、よかれと思って懇切丁寧に説明されていて、いい企業さん・法務部門だと思います。
が、「社外に出てはいけないもの」と認識しない社員もそれなりにいるので、書面やコメントは社外流出を前提に作るか、「外に出さないで」と口すっぱく伝えなければなりませんね。改めて他山の石にします。

*1:裁判を多く担当される弁護士にも慎重派が一定数いらっしゃって、そっち系の弁護士に導入是非を相談すると慎重な回答になることも(経験談

*2:初めてこれに近いアイデアを知ったのは、ビジネス法務でのLINE株式会社の事例紹介でした(山本雅道「準備と工夫でリスクに対応」ビジネス2020年4月号37頁)。