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大阪で働く法務パーソンのはなし

締結者本人に電子契約をクリックしてもらえないときの対処法

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電子契約を利用し始めて戸惑う「あるある」に、「電子契約って、誰が承認のクリックをしたらいいの?」というものがあります。

「そりゃ、契約締結者本人でしょう」といいたいのですが、そう簡単な話ではありません。

契約書にハンコを押してもらうときは

電子契約について考えてみる前に、紙の契約書にハンコをもらうときはどうしているでしょうか。

選択肢は、締結者が自ら押印するか、他人が押印するか。

今の所属先は、締結権限を原則として各部に移譲しているので、締結者が自ら押すのが原則です。社長も、代表印は代々自ら押します。そんな会社は珍しいでしょうが。

一方、前職では、契約書はすべて社長名で締結するスタイルで、契約印を総務で保管し、総務で押していました。
法務局に登録している代表印も総務で押していましたが、こちらは社長の目の前で押すというルールでした*1

もっとも、上場企業や事業規模の大きな企業でこのようなスタイルをとっているところは珍しく、代表印であっても代表者は押印に関与しないほうが普通だろうと思います。

押印申請の実態

締結権限を移譲して各部門長が自ら押す場合、二段の推定を認める判例が想定する実態(自分のハンコは自分で大事に管理している)と一致しています。
しかし、このスタイルだと「この契約書にハンコお願いします」と決裁ボックスに契約書を入れるだけで、押印記録をとらないということも多いのではないでしょうか。当社の場合は、代表印以外は押印記録をとっていません…
そうすると、「会社として、何にハンコを押したかわからない」ということになり、内部統制としてはどうなのかな…と思います。

押印事務を1か所で集中的に行う場合は、理屈としては、締結権限者の指示により指名された者(=総務や法務)が、締結権限者の手となって押印するという整理になるので、押印記録をしっかり取る傾向にあります。前職でも、契約印・代表印問わず、押印簿をつけてました。よりカッチリした会社さんだと、押印申請では稟議番号なども書いて、押印部署が押印の是非を確認できるようにしているところもあるそうです*2
とはいえ、たとえ代表印であっても、上記のとおり代表者が押印プロセスに関与することはなく、押印事務を担う部署の部門長や管理職が決裁すればハンコをもらえる、というのが一般的ではないでしょうか。

以上のわけで、契約書への押印の実態を見ると、真正な成立を覆す余地はあちこちにありそうです。でも、「このハンコは権限ある人が自分で押したのか」が問題になることは、普通の会社ではまずありません。
むしろ、契約書に押された「偉い人」のハンコが、「偉い人」本人によって押されていると思う人は少数派でしょう。

電子契約は他人が処理すると有効性が気になる

私たちは、そのハンコを「誰が」押したかを確認することができないからか、気にしません。ならば電子契約だって誰が承認したっていいんじゃないかという気もしますが、事業者署名型の電子契約では、ハンコと違って誰がクリックしたかが記録されます。これが、ありがたいけれども厄介なのです。

ハンコ同様、電子契約でも、締結権限者が自分で承認するか、締結権限者の指示に従い他人に承認させるかが考えられますが、他人に承認させると、それがしっかり記録されるので、締結権限者本人によらないことが大変気になってしまいます。

電子署名法3条にも、「電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(…本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。」なんて書いてありますし(下線は筆者)。

締結者本人が全部処理できないときは

ならば、どうすればいいのか。選択肢はクラウドサインのオウンドメディアのこちらの記事などが詳しいですが、締結者本人が全部処理するのが難しい場合は、以下のいずれかの方針になりそうです。

  • 各部に権限を移譲して締結者本人が処理する
  • 「●●印」に代わるアドレスを作り、これまでのように総務や法務で処理する

しかし、これらの方針をとるには、社内規程を変更したり、専用アドレスを作ったりと、それなりの準備が必要なので、正式導入を決定していない段階では現実的ではありません。

  • 正式導入していないものの、先方の要望に応えて電子契約を締結したい
  • でも締結権限者のアドレスを相手方に伝えるのは躊躇われる
  • 締結権限者との「●●サインからメールがくるからクリックしてください」「は?何それ?」のやりとりが億劫…

そんなうちの社員が編み出したワザは、「電子契約で自分が代理で電子署名することについて締結権限者が慣れ親しんでいるワークフローで社内決裁を受け、それに基づき担当者が電子署名する」というものでした。

締結版のみ共有された私は、そんな経緯があるとはつゆ知らず、「なんで締結権限者と電子署名者が違うの?マズくない?」と気を揉んだのですが、うちの社員はとてもしっかりしておりました。

*1:社長の奥さんが会社に在籍していたときは、奥さんが押していました。そのときすでに一部上場企業だったので、「社長の奥さん」が普通に働いていることに驚いた。。

*2:前職でも、重要な契約に関しては、押印申請のあった契約書が契約稟議の内容から大きく逸れていないかを総務で確認していました。契約審査自体も総務で担当するので、①契約審査、②契約審査↔︎契約稟議のズレ、③契約稟議↔︎押印申請のズレと、トリプルチェックでした。。