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大阪で働く法務パーソンのはなし

事後的に識別力を喪失した商標を取り消す方法

前回の記事 で、もはや一般に品質表示語として認識されているような言葉であっても、すでに商標登録されている場合、事後的に識別力を喪失したからという理由だけでは登録は取り消せず、よって、実務上は、その語を使いたいときには、ほかの要素とくっつけて出願するようなことをすると書きました。断捨離コーナーも登録しておけば堂々と使えましたね。

今日は、こういった出願をすることによる弊害と対処案を考えてみたいと思います。

商標出願件数は右肩上がりで審査も長期化傾向

商標の出願件数は、ここ数年右肩上がりで、2017年の出願件数は約19万件と、その3年前の対2014年比で53%増です(特許行政年次報告書2018年版 〈本編〉31頁)。その原因は、一部の大量出願などもあるのでしょうが、知財リスクの感度が高まり、陣取り合戦が激化して「安全に使うため」の出願が増えているのではないかと思います。

そして、出願数増がネックになっているのか、ファーストアクション(出願から一次審査通知まで)の期間は2017年で平均6.3か月、権利化までは平均7.7か月とこちらも2014年と比較すると長期化しています。さらに、2019年5月現在、体感ではさらに長期化しており、一年弱を要しています。消費財を扱う我が社では、登録前に商品が上市されてしまうということも珍しくなくなってしまいました。。

品質表示語を事後的に取り消す方法

繰り返しですが、識別力を求める商標法3条1項各号は、査定時のみに求められる要件で、事後的に満たさなくてなっても登録が取り消されたり、無効になったりすることはありません。

でも、それでは困るので、後に品質表示語になったという後発的な事情で登録商標を取り消す方法が何かないかと考えた結果、次の3つの方法があるのではないかという結論に至りました。

  1. 商標的使用がされていないことを理由とする不使用取消審判制度の利用
  2. 品質誤認(商標法4条1項16号)を理由とする無効審判制度の活用
  3. 公序良俗違反(商標法4条1項7号)を理由とする無効審判制度の活用

利用頻度や利用しやすさ(誰でも請求可能)を考えると、1.不使用取消審判制度が最も可能性があるように思われます。通説では、登録商標を「商標的に」つまり、出所表示を果たすような態様で使用している必要があり、3年間継続して商標を(商標的に)使用していない場合には、請求により取り消すことができます(商標法50条)。品質表示語は出所表示(目印)の役割を果たしていないといえるので、この制度を使って取り消せるのではないか。

これを試みた事例として、ヨーロピアン事件(知財高裁平成27年9月30日)が知られていますが、この判決では商標的使用が認められ、登録が維持されました(使用態様は「ヨーロピアンコーヒー」)。不使用取消審判制度においては、「商標的使用」の要件を緩く解釈することが許容されているという識者のご意見もある上、そもそも商標的使用が不要であるという考えも有力で、私も条文を読む限りは不要説が妥当すると考えています。とどのつまり、不使用取消審判制度の活用は望めません。

そうすると、残された道は無効審判制度の活用しかなく、後発的な事情で無効審判請求ができるのは公益的理由とされる品質誤認か公序良俗違反しかないと思われます(その他は国家や国際機関に関するもの)。

たとえば、ヨーロピアン事件の例で、指定商品「コーヒー」と商標「ヨーロピアン」で考えてみると、通常、コーヒーの需要者は、「ヨーロピアン(コーヒー)」といえば深煎りのコーヒーを想起し、浅煎りのコーヒー(いわゆる「アメリカンコーヒー」)に「ヨーロピアン」が付されていたら品質誤認を惹起するので、これを理由に無効審判を申し立てることができるのではないか。

それでもダメなら(たとえば、指定商品が「深煎りのコーヒー」で品質誤認とならない場合)、最終的には伝家の宝刀、公序良俗違反で、商標法の予定する秩序を乱しているといえないか?と考えるのですがどうでしょうか。公序良俗違反を持ち出すのはかなり難しいですけれども…

海外では事後的取消制度があるし弁理士会も問題視している

なお、海外では、程度の差はあれ、多くの国で事後的取消制度が整備されています(例として米欧中韓)。

また、日本弁理士会商標委員会も提言書特許庁に提出し、問題を指摘しています。

 

「登録後に識別⼒を喪失した商標に係る商標権の消滅に係る規定は存在せず、現実の場において様々な問題が⽣じている。すなわち、識別⼒を喪失した登録商標にかかる形骸的な商標権の⾏使が⾏われたり、識別⼒を喪失した登録商標の存在により出願が拒絶される場合が⽣じることによって、当該商標の選択に際して委縮効果が⽣じ、本来⾃由であるべき商標選択の余地が狭められたりする弊害である。
なお、普通名称化等した登録商標に係る商標権の効⼒は、第26 条の規定により制限を受けるが、同規定は、抗弁事由としての相対効を認めるにすぎず、対世効を⽣ずるものではないので、事案ごとに相対効の主張を必要とする不都合が存在する。その上、普通名称化等の識別⼒喪失の⽴証には、⽂献や電⼦情報の調査をはじめ、その評価・主張等々、相当の費⽤・労⼒・時間を要することとなるが、このような努⼒が事案ごとに⾏われなければならず、当事者毎に余分な努⼒を強いる無駄を⽣ずることとなる。
また、事後的に識別⼒を喪失した登録商標を引⽤された出願についても事情は同様で、当該登録商標を引⽤された出願案件ごとに識別⼒喪失の⽴証を要することとなり、かかる商標権の存在により無駄な努⼒が強いられるのである。」 

以上を踏まえても、「いまだに差し迫ったニーズがあるとまではいえない」(第2回産業構造審議会知的財産分科会商標制度小委員会資料310頁)ということで議論がストップしているというのが、商標行政の現状です。