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大阪で働く法務パーソンのはなし

J-KISSによる資金調達

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私の勤務先は、連結売上高が数千億円程度の企業ですが、そんな規模でもスタートアップとの協業やスタートアップへの出資はいくつかあります。

最近、出資先から新たにJ-KISSで調達したいとの申し出があり、その条件を検討しました。広まっていると噂には聞いていたものの、実際に体験するのは初めてです。

(スタートアップの)資金調達方法は、デットかエクイティ

言わずもがなですが、資金調達の方法には、大きくデット(負債)によるか、エクイティ(資本)によるかがあります。最近は、クラウドファンディングも資金調達方法としてオプションに入ってきているようです。

デットでの調達は、創業者の支配権に影響を与えないものの、返済義務や利息支払が負担になりますし、B/Sの見た目もよろしくありません。そもそも、事業計画を十分に立てられないスタートアップに融資することは難しい。

よって、エクイティでの調達の方が主流ではないかと思います。創業者は、必要な資金調達をしながらEXITまで自分が支配権を維持できるよう、早期からいつ、いくらを何株で調達するか、という調達計画を立てていらして、出資の話があるたび、「スタートアップって、やりたいことに没頭するだけじゃないんだなぁ」と、起業の厳しさを垣間見ます。

J-KISSとは

エクイティでの調達のもっともオーソドックスな方法は、募集株式の発行によるものです。この場合、実行にあたっては「1株いくらか」という株式の価値を定めなければなりません。それが有利発行に当たるなら手続も若干変わってきます。

しかし、エンジェルやシードのような極めて早期の段階では、このバリュエーションが難しいし手間であるという問題があります。

この問題(と後述するプラスαの問題)に対処するために、最近浸透しつつあるとされているのが、500 Startups Japanが「J-KISS」として無償で公開するCE型新株予約権です。その設計を担当された森・濱田松本法律事務所の増島弁護士は、BUSINESS LAWYERSの記事でJ-KISSを次のように説明されています。

 

コンバーティブル・エクイティを有償の新株予約権として構成、予約権行使の対象を次の資金調達で発行される優先株式とする。そして、予約権の行使価格は次の資金調達で発行される優先株式の1株当たり価格からのディスカウント価格とする。有償新株予約権の払込金額は、純資産の部に計上されます。つまりエクイティとして評価されるんです。

スタートアップは、バリュエーションを先送りしながら必要な資金を調達でき、出資者は、早期に出資した分、後続の出資者よりディスカウントされた条件で株式を引き受けることができるというのがJ-KISSのメリットです。

J-KISSの場合、新株予約権は、一定規模の資金調達が行われることが行使の条件になりますが、一定期間にそれが行われない場合には、出資額を一定の額(キャップ)で割った数の株式に転換できたり、次回のラウンドで著しく高い評価がされたとしてもそれに引っ張られないようにキャップを設けたりすることが雛形では提案されており、雛形は一方的にスタートアップに有利というわけでもありません。(今回、私がレビューしたJ-KISSは、転換期限やキャップが削除されていましたが…)

エクイティファイナンスの弱点?登記と登録免許税

J-KISSの最大のメリットは、バリュエーションを先送りにして、必要な資金を早期にエクイティで調達できることですが、他にもこの方法が早期段階では有益だとされる理由があります。

ひとつめは、事務コストの削減。

投資家によるスタートアップへの出資は、優先株式により行われることが多いですが、種類株式の発行には、発行にかかる取締役会や株主総会の決議に加え、定款変更と登記が必要です。発行可能株式総数も種類株式ごとに定めて登記しないといけないし、種類株式の内容を登記しないといけないし、当然発行済株式総数や資本金の額の登記も必要で、事務コストがかかりまくる!一刻も早くプロトタイプなりMVPを作り上げなければならないスタートアップにそこまでさせるのは酷というもの。J-KISSのような新株予約権であれば、新株予約権の登記は必要ですが、定款変更や株式・資本金周りの登記は先送りできます。

もうひとつは、登録免許税の削減(先送り)。

資本金の増加の登記にかかる登録免許税は、増加する資本金の額の0.7%です。登記申請準備をしていると、我が社でも登録免許税で目玉が飛び出るよう思いをすることも。一般企業でも重荷に感じるのに、お金が必要なスタートアップにはさぞかし負担であろうと思います。この点、新株予約権の発行は、どれだけ資金を入れようとも登録免許税は一律9万円です。もっとも、行使時には増加する資本金分の登録免許税を納めなければならず、先送りになっているだけですが。

既存出資者への優遇措置にも?

J-KISSは、バリュエーションが難しい段階でも、B/Sの右下(純資産の部)に計上し、創業者の支配権を維持しながら返済義務のない資金を調達することを可能にする手法ですが、それ以外にも用途があるのだということを知りました。

というのは、J-KISSは、既存の大口出資者の優遇措置としてもワークするのです。大口出資者は、通常、投資契約等において、持株比率を維持できるよう、以後の資金調達に参加する権利を獲得しています。通常、次回以降のラウンドは、最初の引受けよりも割高になるところ、J-KISSでの新株予約権発行と募集株式の発行をセットで実施し、既存出資者には新株予約権のほうを割り当てれば、後続の出資者が手にする株式と同じ内容の株式をディスカウントして既存出資者に割り当てられるというわけです。

スタートアップとしては、多少割り引いて株式を与えることになっても、既存出資者からお金を引き出そうという作戦。

我が社は、まんまと乗せられたようでした。