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大阪で働く法務パーソンのはなし

【本】秘密保持契約の実務(第2版)

 

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読もうと思いながら延ばし延ばしにしていたら、第2版が出て、さらに半年以上経ってしまったこちらの本をようやく読みました。

秘密保持契約に特化した本

秘密保持契約は、あまり変わり映えがしません。だからこそ、One NDAが生まれるわけです。当社でも部署を問わず、挨拶のように秘密保持契約を交わしていますが、私は締結に否定的ですし、「締結しても本当に重要な情報は極力出さないで」と言っています。

しかし、そうは言っていられないのが社内です。

本書は、秘密保持契約に特化した本という触れ込みどおり、私たちが普段チェックするような対外的な秘密保持契約に関する記述はもちろん、対内的な秘密保持契約についても触れられています。また、何を書くのか、その理由は?といったことだけでなく契約前後のことにも紙幅が割かれているところが、経験の浅い法務パーソンには有益な本に思えます。

交渉過程を記録する

本書では、秘密保持契約の交渉過程の記録が後に紛争になった場合に重要な証拠資料になる可能性を指摘し、交渉過程を記録する必要性を説いているのですが、紛争は大抵しばらく時間が経ってから起こるものです。そこで、次のようにしっかり記録を取っておく仕組みを整備すべきだといいます。

 

契約締結から時間が経過した後に紛争が発生することも少なくないため,人事異動等に際しては,然るべき担当者に,交渉過程の記録も含め,関連資料を引き継いでおくべきであり,企業としてそのような仕組みを構築すべきである。(P.14)

これができている企業って、どれくらいあるんでしょうか…

当社では、法務と依頼部署間のやりとりは全て記録を取っているので*1、交渉過程も一部は残っていますが、依頼者たちが先方とのやりとりを共有可能な状態で保存しているとは思えないな。。

従業員の秘密保持義務をどう設計するか

本書で特に勉強になったのは、従業員にどんな秘密保持義務をどうやって課すか、という点です。

まず、そもそも労働者は、労働契約の付随的義務として使用者に対し守秘義務を負っているけれども、使用者としてはそれでもなお秘密保持契約を従業員と締結することにメリットがあるといいます。「メリットがある」理由は書かれていませんが、おそらく、従業員の自覚を促すためでしょう。

では、いつ締結するのか。言わずもがな入社時なわけで、多くの企業が入社時書類の一つに秘密保持義務の確認を含む誓約書を提出させます。しかし、この方式だと、秘密保持義務の対象となる情報を限定できず、包括的・一般的にならざるを得ません。そもそも「限定する」という発想もなさそうです。

 

しかし,秘密保持義務の対象となる情報が包括的・一般的であると,後々,ある情報が秘密保持義務の対象であるかが問題となったときに,職業選択の自由憲法22条1項)等の観点から秘密保持義務が広範に過ぎるために秘密保持の誓約書,秘密保持契約等が無効である等と判断されるおそれもある。そのため,異動時,プロジェクトへの参加時等の各段階で,対象となる情報を特定した上で,秘密保持の誓約書,秘密保持契約等により秘密保持義務を負わせることが望ましい。この点は,秘密保持義務の対象となる情報が包括的・一般的であるほど改めて秘密保持義務を負わせることが望ましく,職種の限定をせずに採用した従業員については,特に留意が必要である。

(P.111-112)

当社では、M&A案件に参加する際には、PJメンバーに秘密保持の確認をしているのですが、これは正しい方法であるらしい。しかし、それではまだぬるくて、異動のときなども改めて確認したほうが良いのですね。これまた、実践している企業はどれほどあるのだろう…

ほかにも、中途採用者が前職の営業秘密を持ち込むと、当社も不正使用で不正競争防止法違反になってしまう可能性があるので、「持ち込ませない」ことの重要性が説かれています。法務パーソンには常識だけれど、即戦力を求めて同業他社の人材を招いた場合に「前職ではどうだった?」と聞いてしまうのは人間の性ですよね。。

法務より人事に勧めます

ここでは一部しか触れませんでしたが、具体的にどんな定めをすべきかや、対取締役との秘密保持契約についても記載があります。
この対内的な秘密保持契約のデザインは、法務よりも人事のほうが影響力が大きい気がするので、人事の方に本書をお勧めします。対内的な秘密保持契約についての記述は20ページほどなのですぐに読めますよ。

*1:ワークフローやバージョン管理システムを導入していないため、メールと添付ファイルをサーバに逐一アップするという方法をとっています。これを早くやめたい!