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大阪で働く法務パーソンのはなし

訂正印が手間だ

というのは当たり前なのですが、「だから、重要性が低いところは一方の押印だけで訂正してしまってよくない?」と聞かれると、どうでしょうか。

HOW TO 契約書の訂正

契約書を書き損じたときの訂正方法はいくつかありますが、基本は、

  • 訂正部分に契約当事者全員が記名押印に使った印章で押捺
  • 訂正部分に押印スペースがなければ、ページの隅に契約当事者全員が押印して「●字削除 ●字挿入」などと書く

のどちらかだと思います*1

契約書はきれいな状態が好まれるので、書き損じた場合は再作成することも少なくありません。そもそも、書き損じが発生しないよう手書き部分を極力減らすのが普通。

いずれにせよ、書き損じが発生すると、本来なら一往復で済むはずの紙のやりとりが倍増するので手間ではあります。
捨印のある契約書を見たこともありますが、さすがに推奨しかねます。

一方の訂正印だけでOKな訂正とは

そこで、うちの社員は考えた。「重要な事項でなければ相手方の押印だけで訂正できるようにすればいい」と。
ここでいう「重要でない事項」とは、相手方の記名押印欄の所在地・名称・氏名、相手方の振込先口座の情報など、こちらの合意が問題になり得ないようなものを意図しています。

思うに、記名押印欄は、契約当事者の一方が合意をしたことを証明するものなので、ここに書き損じがあった場合には、当該当事者の訂正印のみでもリスクは小さい。記名押印者をまったく別人にするような訂正だと心配ですが。

それ以外は、「重要でない」というのはこちらの勝手な解釈だろうし、理屈上のリスクとしては、相手方が保管する契約書と自社が保管する契約書に相違があった場合、どちらが正しい合意なのかわからなくなります*2

したがって、「一方の訂正印だけでOKにしてよいか?」という質問に、「いや、意図しない訂正のリスクがあるし、普通の会社ならうちの常識を疑うだろうし、法務としては認められません」と言ったら、「法務は平気で現場に負担をかける」と冷たい視線を感じました。そんなに杓子定規な回答だったか…

電子契約だったら?

訂正が発生する可能性は、もちろん電子契約でもあります。どれだけ事前に準備・確認しても、「やってしまう」ことはあるから。
先日も、基本契約と個別契約を同時に締結する事案で、個別契約で参照する基本契約の作成日が基本契約に書かれたのとズレたまま締結しかけたことがありました。

もし、電子契約で書き損じが発覚したらどうしたらよいか。原本がデータなので、「訂正印で対応」のしようもなく、基本は再締結以外に方法はないはず(変更合意をしてもよいけれど、書き損じを理由に変更合意をする例は寡聞にして知りません)。

ところで、紙の契約書の場合は、再締結した後「書き損じ分は破棄する」ことで、どちらが正しい契約書か把握することができます。しかし、電子契約の場合は、手元のデータを削除できても、少なくとも電子契約サービス事業者のシステム上には残るから*3、契約台帳としても使っている場合は特に気をつけないと、どちらが正かわかりにくくなってしまう危険がありそうです。基本は最後の契約でしょうけれど。

「訂正しない」という選択

相談者に不平を言われて癪に障るのですが(心が狭い)、正直、本当にただの書き損じで解釈に何ら影響を与えない場合には、「訂正しない」という選択でもいいのではと私は思っています。

とはいえ、片方の契約締結日は「●年●月1日」なのに、もう片方は「●年●月2日」だったら困るし(特に紙の場合)、何が「解釈に何ら影響を与えない」かを担当者が正確に判断するのは難しそうだとは思うのですが。

*1:「二」を「三」にするような修正だったら訂正印を用いないという経験もあります。立派な改ざんだと思いますが…

*2:訂正印が揃っていても、「2通を見比べると内容が違う」という可能性だって否定はできませんが。

*3:公正証書内容証明みたいに、ずっと電子契約サービス事業者が保管してくれるという理解です。削除ボタンは見当たらないし、「削除できません」とヘルプに書いてあるし。